はじめに:なぜモータ制御にマイコンが必要なのか
モータは、空調機器、産業装置、家電製品、ロボットなど、あらゆる電子機器の「動力源」です。しかし、モータを単純にON/OFFするだけでは、回転速度の微調整や省エネルギー運転、静音化などの要求には応えられません。
モータを目的通りに動かすためには、マイコン(MCU)によるきめ細かな制御が不可欠です。
マイコンを使えば、センサーからの情報をリアルタイムに取得し、PWM信号によってモータの回転速度やトルクを精密にコントロールできます。さらに、PID制御やベクトル制御といった高度なアルゴリズムをソフトウェアで実装することで、製品の性能を大幅に向上させることが可能です。
本記事では、当社が手がけたマイコンによるモータ制御の開発事例を、モータの種類別・制御手法別にご紹介します。「どんなモータに、どのマイコンを選び、どんな制御方式を適用したのか」という実務的な観点から解説していきます。
モータの種類と制御方式の基本
マイコンで制御するモータは、大きく3種類に分けられます。それぞれの特性と、よく使われる制御方式を整理しておきましょう。
DCモータ(直流モータ)
最もシンプルな構造のモータです。電圧をかけるだけで回転し、電圧の大きさで回転速度が変わります。マイコンからはPWM信号で電圧を疑似的に可変させ、速度を制御するのが一般的です。
小型の家電製品やファン、ポンプなど、コストを抑えたい用途に多く使われます。
ACモータ(交流モータ)
家庭用コンセントに接続するような機器で使われるモータです。周波数や電圧を制御して回転速度を変えます。インバータ回路と組み合わせてマイコンで制御するケースが一般的です。
空調設備や大型の攪拌機など、パワーが必要な用途で使われます。
ステッピングモータ
パルス信号を1つ送るごとに一定角度だけ回転するモータです。フィードバックセンサーなしでも正確な位置決めが可能で、マイコンからパルスの周波数とパターンで制御します。
プリンター、読書灯の角度調整、検査治具の位置決めなどに使われます。
代表的な制御方式
PID制御は、「目標値と現在値の差(偏差)」をもとに出力を調整する手法です。温度制御やファンの回転速度制御で広く使われており、マイコンのソフトウェアで実装します。安定性と応答性のバランスが良く、組み込み機器で最もポピュラーな制御方式です。
ベクトル制御(FOC:Field Oriented Control)は、モータの電流をベクトル的に分解して制御する高度な手法です。モータの効率を最大化しつつ、低速でも高いトルクを出せます。産業用モータドライバやEV関連で使われる先端技術です。
事例1:空調ファンユニット ― PID制御による回転速度の最適化
開発の背景
空調設備メーカー様から、ビルや工場向けの空調ファンユニットのマイコン制御開発をご依頼いただきました。ファンの回転速度を外部からの指示に応じて自動調整し、設定温度に安定させることが求められていました。
技術的なポイント
マイコンにはRenesasのH8/36077を採用しました。PID制御アルゴリズムをファームウェアに実装し、ファンモータの回転速度をPWM信号で制御しています。
PID制御では、目標回転速度と実際の回転速度の差を常に監視し、以下の3つの要素を計算して出力を決定します。
- P(比例):偏差が大きいほど、大きく出力を変える
- I(積分):偏差が蓄積している場合に補正する(定常偏差の解消)
- D(微分):偏差の変化速度を見て、オーバーシュートを抑える
外部との通信にはシリアル通信(UART)を使用し、上位システムからの設定変更指示を受信してリアルタイムに反映する仕組みを構築しました。
当社の設計上の工夫
この案件では、モータ制御モジュールを「N系統対応」で設計しています。最初は1系統のファン制御でしたが、後から2系統、3系統と増設する可能性があったため、制御ロジックをパラメータ化し、系統数を変数で切り替えるだけで対応できる構造にしました。
実際に、大型ファンユニットと中小型ファンユニットの2機種で同じモータ制御モジュールを再利用しており、開発コストの大幅な削減に貢献しています。
関連する開発事例: ファンユニット(R8C/1B)、大型ファンユニット(H8/36077)、中小型ファンユニット(H8/36077)、Newファンドライバ(RL78/G13)
事例2:モータドライバ ― 2マイコン構成によるPID制御の高性能モータ駆動
開発の背景
産業機器メーカー様から、高性能なモータドライバの開発をご依頼いただきました。モータの回転速度を高精度に制御するだけでなく、外部機器との通信処理も同時にこなす必要があり、1つのマイコンではリアルタイム性の確保が難しいという課題がありました。
技術的なポイント
この案件では、メインとサブの2マイコン構成を採用しました。
メインマイコンにはTI(テキサス・インスツルメンツ)のC2000シリーズ TMS32F28069Mを採用しました。C2000シリーズはモータ制御に特化したDSP内蔵マイコンで、高速な演算処理が可能です。PID制御アルゴリズムとLED表示の処理を担当し、シリアル通信で外部機器と接続しています。
サブマイコンにはRenesasのRX631を搭載し、パルス入力の処理とシリアル通信を担当させています。メインとサブの役割を分離することで、モータ制御のリアルタイム性を確保しつつ、通信処理の負荷を軽減する構成としました。
さらに高度な制御:ベクトル制御の実績
当社では、PID制御のさらに一歩先を行くベクトル制御(FOC:Field Oriented Control)の開発実績もあります。
別の案件では、RenesasのRX63T(R5F563TEExFB)を採用し、PID制御に加えてベクトル制御を実装したモータドライバを開発しました。この案件ではCUnet通信による制御用ネットワークへの接続にも対応しています。
ベクトル制御では、モータに流れる電流を「トルクを生む成分」と「磁束を生む成分」に分離して、それぞれ独立に制御します。これにより、低速でも安定したトルクを出力でき、かつモータの発熱や消費電力を抑えることができます。
PID制御が「回転速度」のような1つの物理量を目標値に追従させるのに適しているのに対し、ベクトル制御はトルクと磁束を独立にコントロールできるため、より高い効率と精度が実現できます。その分マイコンの演算能力とメモリへの要求も高くなるため、用途やコスト要件に応じてPID制御とベクトル制御を使い分けることが重要です。
関連する開発事例: モータドライバメイン(TI C2000 / PID制御)、モータドライバサブ(RX631)、モータドライバ(RX63T / PID制御+ベクトル制御+CUnet通信)
事例3:ステッピングモータ制御 ― 位置決め精度が求められる機器への適用
開発の背景
照明器具メーカー様から、読書灯の角度調整機構にステッピングモータを使用したいというご相談をいただきました。ユーザーがボタンを押すとライトの向きが段階的に変わり、好みの角度で停止する仕組みです。
技術的なポイント
マイコンにはSTMicroelectronicsのSTM32L031F6P6を採用しました。STM32L0シリーズは超低消費電力が特徴で、バッテリー駆動の製品に適しています。
ステッピングモータは、マイコンから送るパルス数で回転角度が決まるため、位置センサー(エンコーダ)なしでも正確な角度制御が可能です。ただし、パルスの周波数やタイミングを適切に制御しないと、脱調(モータがパルスに追従できなくなる現象)が発生します。
ファームウェアでは、加速・定速・減速のプロファイルを台形制御で実装し、急激なパルス変化による脱調を防止しています。
他の適用事例
ステッピングモータは位置決め精度が求められるさまざまな機器で採用しています。たとえば、電子タバコ検査治具ではステッピングモータとMODBUS通信、圧力センサ、電圧電流センサを組み合わせた検査システムを構築しています。
関連する開発事例: 読書灯(STM32L0)、電子タバコ検査治具(RL78/G14)
事例4:攪拌機・ホットスターラー ― モータ制御+ヒータ制御の複合システム
開発の背景
理化学機器メーカー様から、研究室で使用するホットスターラーの制御基板の開発をご依頼いただきました。ホットスターラーは、液体を加熱しながら攪拌する装置で、「モータ制御」と「ヒータ制御(温度管理)」の2つの制御を1つのマイコンで同時に行う必要があります。
技術的なポイント
マイコンにはRenesasのH8/3687を採用しました。モータの回転速度制御とヒーターの温度制御を、それぞれ独立したPID制御ループで実装しています。
このような複合制御では、2つのPID制御ループが互いに干渉しないようにすることが重要です。当社では、状態遷移方式のイベント駆動型設計を採用しているため、モータ制御とヒータ制御が同時に動作しても処理遅延が発生しにくい構造になっています。
さらに、本体基板とフロントパネル基板(アナログ版・デジタル版の2種類)をシリアル通信で接続する構成とし、フロントパネルのバリエーション展開にも対応しました。
設計資産の再利用
ホットスターラーで開発したモータ制御モジュールとPID制御モジュールは、別の案件である攪拌機(H8/3672F)でも再利用しました。マイコンの型番が異なるにもかかわらず、モジュールの再利用が可能だったのは、当社が機能ごとにモジュール化した設計を徹底しているためです。
関連する開発事例: ホットスターラー本体(H8/3687)、1連ホットスターラー(H8/3694F)、攪拌機(H8/3672F)
事例5:ヘルメットファン ― 省電力マイコンによるウェアラブル機器のモータ制御
開発の背景
作業用ヘルメットに内蔵する小型ファンの制御基板の開発をご依頼いただきました。バッテリー駆動のウェアラブル機器であるため、「小型」「低消費電力」「長時間動作」が最優先の要件でした。
技術的なポイント
マイコンにはSTMicroelectronicsのSTM32L031K6T6を採用しました。STM32L0シリーズはCortex-M0+コアを搭載した超低消費電力マイコンで、スリープモード時の消費電流は数マイクロアンペアまで下がります。
ファンの風量はボタン操作で段階的に切り替える仕様で、各段階に対応したPWMデューティ比をファームウェアのテーブルで管理しています。LEDでの動作状態表示とシリアル通信によるデバッグ用のログ出力も実装しました。
ウェアラブル×モータ制御のポイント
ウェアラブル機器のモータ制御では、マイコン自体の消費電力だけでなく、モータの駆動効率も含めたシステム全体の電力設計が重要です。STM32L0シリーズは動作時にも数ミリアンペアの低消費電力で動作するため、バッテリー寿命の最大化に大きく貢献しました。
関連する開発事例: ヘルメットファン(STM32L0)
モータ制御におけるマイコン選定の考え方
ここまでの事例を踏まえて、モータ制御におけるマイコン選定のポイントを整理します。
制御方式から逆算して選ぶ
PID制御のようなシンプルな制御であれば、RenesasのH8ファミリーやRL78シリーズ、MicrochipのPICシリーズなど、比較的安価なマイコンで十分に対応可能です。
一方、ベクトル制御のような高度な演算が必要な場合は、TIのC2000シリーズやRenesasのRXシリーズなど、DSP機能や高速ADCを搭載したマイコンが適しています。
周辺機能の要件を見極める
モータ制御では、PWM出力、ADC(アナログ-デジタル変換)、タイマーが必須の周辺機能です。加えて、通信機能(UART、SPI、CAN等)やGPIOの本数もマイコン選定に影響します。
当社では10種類以上のマイコンの開発実績があり、お客様の要件に最適なマイコンを選定いたします。
コストと消費電力のバランス
量産品では、マイコンの単価が製品コストに直結します。バッテリー駆動製品では、STM32L0シリーズのような超低消費電力マイコンが有力な選択肢になります。
まとめ:モータ制御の開発は「制御方式の選定」がカギ
マイコンによるモータ制御は、単にモータを回すだけではありません。PID制御による安定した速度制御、ベクトル制御による高効率駆動、ステッピングモータによる精密な位置決めなど、目的に応じた制御方式の選定が製品の性能を大きく左右します。
当社は、DC・AC・ステッピングの各種モータ制御に対応し、PID制御からベクトル制御まで幅広い制御方式の開発実績があります。また、モータ制御だけでなく、ヒータ制御やセンサー入力、通信機能との複合制御にも一貫して対応いたします。
モータ制御を含むマイコン開発について、ご相談をお待ちしております。
- 仕様が固まっていなくてもご相談可能です
- 試作・量産・改修まで一貫して対応いたします
- まずは技術的なご相談からでもお気軽にどうぞ
